SOMNUS

パーティー会場は、人、人、人で溢れかえっていた。

着飾った人々が発する香水の匂いや、テーブルの上に並べられた有り余る程の料理の匂いに、胸悪くなる。

天井にぶら下がる豪奢なシャンデリアが映し出す光景、その色彩のけばけばしさが、闇を好む王子の神経に触った。

誰もが愛想笑いを顔に張り付け、次期国王である王子に握手を求めてきた。

しかし、王子の刃物のような視線に触れた途端、恐れをなしそそくさと離れていった。

だから、王子の周りには人がいない。遠目に人々が自分のことを噂しているのがわかった。悪く言われるのには慣れていたが、決して気分のいいものではない。

いい加減うんざりし、外に出ようと扉に向かったその時、見知った三人をとらえた。

そのうちの一人、全然似合わない蝶ネクタイを絞めた金髪の男が手を振る。

「お〜じ〜」

その緊張感のない声に王子は肩の力が抜けた。

「おまえら……何しに来たんだよ。ていうか、どうやって入った?」

「メガネがいればなんとでもなるんだよ。この服も用意してくれたし、ね!」

そういいながら金髪がメガネの肩を抱く。欝陶しそうにその手をどけながら、メガネは言った。

「親父さんの演説、聞いたぞ。相変わらずいいこと言うな。お前も次期国王ならあれぐらい嘘八百言えるようにならないとな」

「そうそう、敵ばっか作っても苦労するだけだぜ」

言いつつヘッドロックしようとしてきたスカーフェイスの太い腕をかわし、王子は踵を返した。

「勝手に言っとけ」


「あーあ、怒っちゃった。スカーフェイスのせいだからね」

金髪が屈強な男の背中をつつく。

「別に怒っちゃいねーだろ。いつものアイツだ」

メガネが腕組みする。

「でも、あの性格は一国の王としては致命的だな。これから苦労することになるだろう」

メガネの言葉に三人はしみじみと顔を見合わせた。




パーティー会場の喧騒が嘘のように、階段ホールは静まりかえっていた。

ひんやりとした空気に包まれ、王子はほっと息を吐き出した。

階段を上った先は、展望ホールになっている。今なら誰もいないだろう。迷うことなく王子は階段を上り始めた。





「なあ、腹も膨れたし、俺達もそろそろ出るか」

スカーフェイスが赤い顔で言う。その酒臭い息に顔をしかめながら、メガネも相槌をうつ。

「そうだな。だいたいの両国の思惑も掴んだしこれ以上得られるものもないだろう」

その時、ああっと、金髪が大きな声を出した。スカーフェイスが慌てて片手で金髪の口を塞ぐ。

「なんだよ、うるせぇな。目立つんじゃねーよ」

「相手国の王女さんがいないよ。すっごい美人だっていうから、今日はそれを楽しみにしてたのに」

「そういえば見かけないな」

メガネが今気付いたように辺りを見渡す。

「おおかた、この国の空気の悪さに体調でも崩して欠席したんだろう。残念だったな」





「……誰だ?」

誰もいないと思っていた展望ホールに先客がいたことに、王子は少し腹を立てた。

王子のぞんざいな態度にも、絵を見ていたその少女は笑顔を絶やさず丁寧にお辞儀した。

金色の髪が揺れ、人形のように整った顔を華やかに彩る。

「はじめまして」

王子を見つめるその瞳は、宝石のように美しい紫だった。

なんて綺麗な瞳だろう。

王子はしばらく時を忘れ、見入っていた。


「ああ、王子がもう王女と仲良くなってる!」

「ばかっ、しっ」

スカーフェイスが金髪の襟首をつかむ。

「それにしても、なんで、王子、動きが止まっているんだ?」

「惚れたか、王女に」 メガネがしれっと言う。

階段の踊り場で、三人はささやきあった。

「まずくないか、それは」

「まずいって、なんで?」金髪が不思議そうに聞き返す。「ちょうど、いいじゃん、平和条約も締結したんだし」

「お前は何もわかってないな。二国間の条約はいわば隠れ蓑だ。どちらの国も相手を油断させて襲いかかろうという魂胆なのさ。すなわち、敵同士だ」

「敵同士の国の王子と王女が惹かれあっても、結ばれるわけにはいかない」

「下手すりゃ、殺しあうことになるかもな」 スカーフェイスが顎を撫でながら眉間に皺を寄せる。

「もしもの話でしょ? ありえないよ」 金髪が両手を振る。

「だと、いいが……」 メガネは黙り込んだ。

階上の二人は、そんな三人の思惑をよそに、宝石のような夜景を見遣っていた――。



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