SOMNUS

繋いだ手


春にはまだ少し遠い、冬の終わりの午後。
ノクトはステラと並んで、王国で一番広い公園を歩いていた。
春から夏にかけては、都会のオアシスのように緑に溢れるこの場所も、今は葉を落とした木々が寒々しく佇んでいる。
したがって、休日といっても人の姿は疎らだ。犬の散歩をする人、ジョギングする人、杖をついている老人……。
公園の遊具で遊ぶ子供たちの姿もない。
静かだった。

ノクトもステラも、人の多い場所は苦手だった。だから、二人で出掛ける場所も植物園や水族館や美術館、そして閑散とした公園など、およそ同年代があまり行かない場所になる。
ノクトは別段植物や魚や絵に興味はないが、珍しい花や綺麗な色の魚、美しい絵を見つけては、瞳を輝かせるステラを見ているだけで楽しかった。

公園の遊歩道を二人で歩く。先ほどまで、盛んに自国の珍獣について熱く語っていたステラも、今は無言で晴れた冬空を眩しそうに眺めている。
重ね合わせた両手に息を吹き掛け、寒さのせいか鼻の頭と頬を子供のように赤くしている。
その様子が可愛くて見守っていると――……

「……くしゅん」
小さなくしゃみを一つした。

「寒いか?」
言いながらノクトは自分の着ていたダウンジャケットを脱ぎ、ステラのコートの上から掛けてやった。

「大丈夫ですよ。ノクトさまが寒くなります」
と慌てて返そうとするステラに、
「俺なら平気だ」
と応えて、ステラの手を取って歩き出す。

初めて繋いだステラの手は氷のように冷えきっていた。

「ノクトさまの手、あったかい」
ふふ……、とステラが笑う。

街中では恥ずかしくて繋ぎたくても繋げなかった手。細くて薄い彼女の手をやんわりと包み込むように握る。
するとステラの方からぎゅっと握り返してきた。
重なった皮膚を通して、二人の体温が混じり合う。

「ノクトさま、見てください。蕾がこんなに膨らんでますよ」
桜の並木道、ステラの指差す方を見る。今はすっかり葉を落とした枝に無数の膨らみがある。
冬枯れの景色の中でも、季節が流れ、植物の体内ではいのちが流れているのだ。
なんだかノクトは鼻の奥がむずむずした。

「……へっくしゅっ」
くしゃみをして、しまったとノクトは鼻を押さえた。ステラの気づかいに「平気だ」などと見栄を張りながら、格好悪いことといったらない。

「ほら、やっぱり、ノクトさま寒かったんですね。やせ我慢なんてしないでください」

言いながらステラが、羽織っていたノクトのダウンジャケットを返そうとするが、
「いや、平気だから」とノクトは鼻を啜りながら拒否する。

「それじゃこうしましょう」
ふわっとステラが背伸びをしてノクトの方に腕を回す。
掛けられたのはノクトのダウンジャケット。
二人で共有することになった。

密着したステラから、花のような良い香りがして……途端、ノクトの体温が上昇する。

「ほら、あったかいでしょう?」 上目遣いで見上げてくるステラ。吐息がかかるほど顔が近い。
「あ、ああ、ものすごく……」 答えるノクトは、温かいというより、熱いぐらいだった。

同じ防寒具を共有しながら、ゆっくりと並木道を歩いた。
自然、二人は腕を組んでいた。

「桜が咲いたら……お花見に来よう」
ぽつりとノクトは言った。言ってしまってから、「お花見」という言葉に一人照れる。まるで自分には似合わない言葉だ。

「ええ!必ず!」
ステラはまるでノクトのその言葉を待っていたかのように、満面の笑みになった。


二人の周りの空気まで、そこだけ春が来たかのようにぽかぽかと温かくなっていた――……。




END



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