SOMNUS


敵の数は優に三十を超えていた。
どれもが重装備だ。さらに、背後にはカマキリのような形をした大型対人用兵器を構えている。
スノウは舌打ちした。
「ライトニング、ひとまず引き返すぞ」
しかし、彼女はまっすぐ前を向き武器を構える。
「ファルシが目の前なんだ。こんなところで時間を食ってる暇はない」
「おい!」
「お前はヴァニラと引き返せ。私は一人でも行く」
「無茶な……!」
スノウの警告も聞かず、ライトニングは敵陣に突っ込んで行った。
まず、ファイガでの全体攻撃。
炎の威力は絶大で、敵の戦力は一気に三分の二になる。
しかし、数で圧倒的に不利な状況には変わりない。
「くそっ、ヴァニラ、そこに隠れていろ!」
「う、うん」
ヴァニラが物陰に身を隠したのを見届けてから、スノウはライトニングの加勢に走った。

超人的な力による体術で敵を屠りながらスノウはライトニングに尋ねる。
「どうしてそこまでファルシに拘るんだ?」
軽やかな体捌きで攻撃をかわし、剣と銃を器用に使い分け敵を蹴散らしていた彼女は呟いた。
「お前には関係ない」
それを聞いたスノウは肩をすくめた。

しかし、敵の殲滅には時間がかかった。
対人用兵器から発射されるレーザーから逃れるため、何度も攻撃の手を止められるからだ。
「まずはあれを叩かなくては」
言うが早いか、レーザーのタイミングを見計らい、ライトニングはすでに兵器の方へ駆けだしていた。
走りながらサンダガをお見舞いする。
ショックで動きの止まった兵器めがけて、彼女は銃を乱射した。
しかし、大型であるためか、銃の攻撃はほとんど功を奏しなかった。
再び機械は青白い光をまとい、ライトニング目がけてカマキリの鎌を振り下ろす。
後ろ宙返りでそれをかわした彼女は、今度は剣戟で応戦した。

スノウはライトニングを案じながらも、他の兵士相手に手いっぱいだった。
圧倒的な力を有している彼だが、いかんせん数が多すぎる。

そうこうするうちに、突如カマキリ兵器が鎌を左右に振りながらめちゃくちゃな動きをし始めた。
ライトニングの攻撃により、兵器の内部にある制御装置が故障したのだろう。
兵器は味方である兵士さえもなぎ倒しながら、ずんずん向かってくる。
「っち、あぶねえ! おい、ライトニング、今度こそ撤退……あれ?」
スノウはあたりを見渡した。ライトニングが視界から消えていた。
「おい、ライトニング!」
すると物陰からヴァニラが飛び出してきた。
「スノウ、あそこ!」
彼女の指さす方向を見ると、カマキリ兵器のすぐそばに倒れているライトニングを発見した。
このままではカマキリ兵器の餌食になるのは目に見えていた。
「ヤバい!」
スノウは無我夢中で兵器に向かって走った。
左腕が熱を帯び、刻印が光り出す。繰り出した拳はカマキリ兵器の巨体を打ち上げていた。

「ライトニング!」
抱き起こし呼びかけるが、ぐったりとした彼女からは何の反応もない。
左腹部が真っ赤に染まっていた。夥しい量の出血をしている。
「ヴァニラ、回復してやれるか?」
「はい!」
ヴァニラがケアルを唱えたが、出血が若干少なくなったに過ぎなかった。
「駄目だよ、わたしの力じゃ。傷が深すぎて……」
ヴァニラの目に涙の膜が張る。スノウは頭に巻いていたデューラグを取ると、ライトニングの腹部に巻いた。気休めにしかならないが、出血は多少食い止められるだろう。
「大丈夫だ!こいつは俺より強いんだ。とにかくノラのアジトへ行くぞ」
スノウはヴァニラを元気づけるように力強く言うと、ライトニングを抱え上げた。

腕に抱いて初めて気づく。そのあまりの軽さ。
どんなに男勝りで強くても、体は細くてやはり女なのだということに。
血の気の失せた彼女の顔はいつも以上に白く、美しいと思った。
黙っていれば、ライトニングは絶世の美女だ。

――な、なに考えてんだ、俺は。

なぜか顔を赤らめたスノウをヴァニラは不思議そうに見上げた。



*



目を開けると、粗末な木目の天井が見えた。
「っつ……」
ゆっくり体を起こすと、左腹部に激痛を感じた。
思わず腹部に手をやると、包帯を巻いた上半身には、いつもの軍服ではなく、白いチュニックを着せられていることに気付く。

「気がついた?」
入ってきたのはレブロだ。手に持った盆の上には、粥が温かい湯気を立てている。
「あまり動いちゃだめだよ。ひどい傷だったんだから」
ライトニングは無言で、寝台から立ち上がろうとする。
しかし、力が入らない。
「動いちゃだめっていってるだろ。ほら、まずは食べて力つけな」

ライトニングは困ったようにひらひらとしたチュニックの袖を引っ張った。それに気づいたレブロが言う。
「ああ、あの軍服だけど、今洗濯中。あいにくだけどそれで我慢してくれる?」
そして少し体を引いて、しげしげとライトニングを見つめる。
「そんな格好してたら、あんたも普通の女の子だよね。なかなか可愛いよ」
その言葉にライトニングは眉をひそめ視線を落とした。掛け布の上に置かれたデューラグに気付く。

――これは、あの男の……

「スノウにちゃんとお礼言うんだよ。あいつがいなかったらあんた、生きちゃいなかったよ。
随分、あんたのこと心配してたしね」
ライトニングはデューラグを握り締めた。
「助けを頼んだ覚えはない」
レブロはあきれたようにため息をついた。
「まだ、そんなこと言うの? 自分ひとりで生きてます、みたいな顔しちゃってさ。
言っとくけど、人っていうのはひとりでは生きられないんだ。どっかで誰かに頼ってるんだよ」
ライトニングは何も言わず、ただ俯いていた。
レブロもそれ以上何も言わなかった。
おそらく、ライトニングはすべて分かっているのだろう。分かっていて、自ら一匹狼になろうとしている。
その理由はわからない。そしてその理由を理解するのは自分の仕事じゃない気がした。

「とりあえず、食べな、ね?」
レブロに促され、ライトニングはスプーンを取った。
粥を掬い、口に入れる。
「どう、美味しい?」
ライトニングは表情を変えず、小さくうなずいた。

――やっぱり、かわいいじゃん。
レブロはほほ笑んだ――……。


*



「ライトニングの具合はどうだ?」
アジトに戻ったスノウは、開口一番、武器の手入れをしているレブロにそう尋ねた。
「部屋で眠ってるよ。見に行ってみたら?」レブロは銃を磨く手を止めずに答える。
「いや、それは……」
「なに、柄にもなく恥ずかしがってんのさ。顔見れば安心するでしょ」
レブロに背中を押され、スノウはおそるおそるライトニングの眠る部屋の扉を開けた。

念のため、拳か蹴りの一つでも飛んでくるのではと身構えたのだが、その必要はなかった。
彼女は寝台で安らかに眠っていた。
近づけばいつもとは違う服を着ていることに気付き、目を瞠る。
フリルのついたチュニックを着た彼女はまるで、眠り姫のようだ。
――こんなに可愛かったっけ?
そんな疑問さえ浮かんでくる。

耳を澄ませば聞こえてくる規則正しい呼吸音。
よく眠れているらしい。スノウはひとまず安心した。
そして彼女の白い手に彼のデューラグが握られていることに気付く。
あの時止血に使用したものだ。
デューラグは同じものを何個か持っているので、これはライトニングにあげたままでいいか、と思った。
自分の持ち物を彼女が大事そうに手にしてくれているのが、嬉しかったこともある。

その彼女のデューラグを握り締める手に、どことなく力が入った。
訝しんでいると、彼女の穏やかだった顔に悲痛な色が刻まれる。
眉を寄せ、唇を噛んでいる。
悪夢でも見ているのだろうか。
時折、唸り声のような寝言まで発している。
その痛々しい様子が見ていられず、起こそうかとスノウが彼女の名を呼びかけようとしたその時――

「……っ」

彼女の閉じられた瞼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

いつも毅然として、いっさい弱音を吐かない彼女が涙を流している……。
その事実のあまりの衝撃に、スノウは一瞬息さえ止まった。

「ライトニング……」
スノウは呟くように彼女の通り名を口にした。
一体この通り名の下で、どれほど彼女は痛みを押し殺し感情を捨ててきたのだろうか?

グローブを外すと、再び穏やかな寝顔に戻った彼女の頬に手を伸ばし、流れた涙を指で拭き取ってやる。そのまま、彼女の柔らかな髪を撫でながら心の中で問いかけた。

――なあ、教えてくれよ。
   生まれは? 親は? 恋人はいるのか?
   俺はあんたの本当の名前だって知らないんだ……

もっと自分たちを、自分を頼ってほしいと思った。
彼女のファルシを追い求める情熱は異常なほどだった。
命を掛けるほどの目的なら尚更、自分も手伝いたいと思う。
それで彼女の痛みが少しでも和らぐなら。

「鬱陶しく思われようが、出しゃばるからな」

スノウが片方の唇の端を上げてニッと笑うと、無意識下でも聞こえたのか、ライトニングの眉間に皺が寄った――…。





-END-
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姉さんが眠っているのをいいことに、兄さん大きく出ましたね…!

兄さんの問いは私自身の問いでもあります!


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