SOMNUS

○○に効くものは……






暗めの照明が照らしだす店内は静かな音楽が流れ、落ち着いた雰囲気だった。
城からごく僅かの距離にある洒落たイタリアンレストラン。雑誌に載るほど人気があるが、テーブルの配置に程よい間隔が設けられているので、ディナータイムで混みあっているもののそれ程窮屈さは感じない。

「素敵なお店ですね」
ステラが周りを見回しながらにっこり微笑む。
ノクトも笑みを返しながら、(下調べした甲斐があった)と内心胸を撫で下ろした。

料理は程なく運ばれてきた。前菜から始まり、サラダに数種類のパスタやピザ、そしてデザートへと続く。
ノクトもステラも好き嫌いはなく割とよく食べるほうだ。しかしその日はなかなか皿が片付かない。料理は種類こそ多いが適度な量で二人で食べきれないほどではない。にもかかわらず、皿が減らないのは……

「ノクトさま、ちょっとすみません」
ステラが申し訳なさそうに断って席を立つ。そうなのだ。ステラが頻繁に席を外すので、食事と会話が中断してしまうのだ。ノクトはステラが戻るまで一人でがつがつ食べたりはしなかったので、当然のこと湯気を立てて運ばれてくる料理はみるみる冷めていく。

戻ってきたステラが「わたしのことは気にせず食べてくださいね」と言うが、気にしない訳にはいかない。
ノクトは気が気ではなかった。ステラがしょっちゅう席を外すのは、何か自分がとんでもない失態をしてしまったからではないのか。それとも彼女は自分の知らない誰かにこっそり電話をかけているのではないか。
考えだすと止まらない。よくよく考えてみればそんなはずがないのは分かるのに、物事を悪い方へばかり考えてしまうのは、ステラと出会ってからのノクトの癖であった。
元来彼は切羽詰まらない性格であったが、不思議なことにステラのことになると急に自信がなくなってしまうのだ。
それはいまだ彼と彼女の距離が「友達」より上の段階になっていないことに関連しているのかもしれない。

「ノクトさま、このサラダ全部食べていいですか?」
「え?」
しばし物思いに耽ってしまったノクトは、ステラがミックスサラダの器を抱えているのを見てようやく我に返った。
「あ、ああ。いいよ」
「ありがとうございます」
言うなりステラはすごい勢いでサラダを食べだした。もちろん、貪るように食べるわけではなく、良家のお嬢様らしく取り皿にとってからフォークで平らげていくのだが、その様子がなんというか、鬼気迫っていたのである。
「ステラ、そんな急いで食べなくても……」
ノクトが声をかけるとステラははっとしたように顔を上げた。その頬がみるみる赤く染まる。
「あら、わたしったら、つい」
ナプキンで口元をぬぐって水を一口飲んでから、ステラはふうっと小さくため息をついた。
何故だか妙に沈んだ顔をする彼女が気になったノクトは、「どうかしたのか?」と尋ねた。
ステラは物言いたげな視線を向けたが、また下を向いてしまう。
長い睫毛が伏せられた様子は、普段はきはきしている彼女がからは想像できないほど内向的に見える。
「俺でよければ相談に乗るよ」
ノクトは出来る限りのやさしい声を心がけた。
彼の声に安心を覚えたのか、ステラが顔を上げた。
「実は……」
話しだそうとするが、しかし、言葉を継げずに黙り込む。
その様子はますます尋常ならざる風だ。それほど逼迫した内容なのだろうか。あるいは言いにくいことなのかもしれない。無理に聞きだすのはかえって良くないかもしれない。

話したくないなら、無理に話さなくていい。
ノクトはそう言おうとしたが、ステラが意を決したように真剣な目をしたので、言いかけた言葉を飲み込んだ。
ステラは声をひそめて、ノクトが予想だにしないことを言った。

「ノクトさま、実はわたし、ここ一週間お通じがないんです」

いったい何の話だろう。一瞬、ノクトがそう思ったのも頷けるほどステラの告白は突拍子もなかった。
だが彼は賢明にも、あからさまに失笑したりはしなかった。
むしろ彼女のただならぬ様子に、彼自身も真剣になった。異性に相談するのは憚られる内容であるのに、自分に相談してくれたことに責任を感じたこともある。
「それは、辛いな」
「ええ、もう毎日苦しくて。今まで薬を使っていたのですが、この頃では慣れてしまって効かないんです」
「薬はやめたほうがいい。癖になるし腸を駄目にしてしまう。それより良く水分を取って運動したほうがいい」
「はい、心がけてはいるんですけど……」
「ただ一週間もとなると、まずは溜まっている分を全て出さないと。とりあえずセンナなど強い成分の含まれていない水酸化マグネシウムの薬を使ってみたらどうだろう。これは便に水分を多く含ませる効果があり、痛みのない自然なお通じを得られるんだ」
「水酸化マグネシウム? ちょっと待ってください。メモメモ……」
「あと、主食はパンよりもご飯のほうが水分が多くていい」
「なるほど、そうなのですね」
ステラがメモを取る手を止めて、ノクトを見た。
「ありがとうございます。ノクトさまに相談してよかった。でも、どうしてそんなにお詳しいのですか?」
訊かれてノクトは頭をかいた。
「えっと、まあ、俺も便秘で苦しんだ時期があったからな。あの時は肉ばかり食べてて野菜は嫌いだったから食べなかった。そしたらある日突然激痛が起きて病院に運び込まれてさ。医者から『重度の便秘です』と言われた日には穴があったら入りたいほど恥ずかしかったよ」
当時のことを思い出したノクトは顔をしかめた。笑いあう看護婦たちに「王子様でも便秘になるんですね」と言われ、「俺をなんだと思ってる。人間だぞ」と心の中で毒づいた記憶まである。

「まあ、ノクトさまもだったんですか」
ステラは仲間を得たように嬉しそうな顔をした。
ノクトはステラの笑顔を見て彼女との距離が少し縮まったと実感したが、それでも何とはなしに腑に落ちない感じはぬぐえなかったのだった。





end.







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まさかの『便秘ネタ』かいっ
情報ない情報ないと言いつつ、これはひどい。
でもノクトが喋ってる内容はわたしが実践してることです^^;
運動はなかなか出来ないんだけどね。

お読み頂きありがとうございました!novel
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