SOMNUS

ホワイトデーSS


「なあ、ホワイトデーって何を贈ればいいんだ?」

いつにも増して真剣な表情のノクト。ソファで漫画を読みながらくつろいでいたチャラ男はしかし「へっ?」といつも通り間の抜けた返事を返した。

「ホワイトデーって、もう終わっちゃったじゃん、何寝ぼけてんの」

「昨日は王国なんとか式典てのがあって、ステラも用事があったみたいだし会えなかったんだ。今日渡す」

チャラ男は「そうだな〜」と言いながら頭を掻いた。「僕だったら、『デート一回』でみんなOKだけどね。普通は、マシュマロとかクッキーとか贈るんじゃないかな。原則三倍返し。ノクトの場合は、五倍でも十倍でもいいぐらいなんじゃない」

「マシュマロ、クッキー……、ってお前デート一回で終わり?詐欺だろ」
ノクトの指摘にチャラ男は一向に悪びれた風でもない。
「でもさ、ステラちゃんは手作りのチョコをくれたんだから、それ相応のお返しをしないとね〜」
「確かに、そうだな」

その時、チャラ男がくんくんと匂いを嗅ぐ動作をした。
「なんか甘い匂いがしない」
「甘い匂い……?別にしないぞ」
言葉とは裏腹に内心ぎくっとなったノクトは何気なくチャラ男から身を離した。
「あれおかしいな」
「それより、倍返しって何を贈ればいいんだ?」
「待って待って、今調べるよ。キーワード『ホワイトデー・贈り物』……と」

チャラ男がノートパソコンを取り出してきて、キーボードをかたかたと鳴らす。
「パソコンぐらいノクトも使えるようになってよね〜……あ、あったあった。ふむふむ、アクセサリーとか花束とかもいいみたい。これをさ、夜景の綺麗な高層ビルのレストランで手渡せば、完璧でしょ」






というわけで、スーツでびしっと決めたノクトは、最上階のレストランの窓際でステラの到着を待っていた。

隣の空いた椅子の上には、お菓子の包みやらアクセサリーの入った小箱やらが置かれている。その上に花屋で作ってもらった花束を置いたが、かさばって見えてしまうので、上からテーブルクロスをかけて隠した。

完璧だ。

そこへステラがやってきた。「遅くなってすみません、ノクトさま」

言いつつコートを脱いだステラは、白いニットワンピース姿になるとにっこり笑ってお辞儀した。ノクトも慌てて頭を下げる。ほんとに礼儀正しい娘だ。

「ノクトさま、昨日は王国の式典があったんですね。わたしも参加したかったのですが、あいにく生家の法事で……。何の式典だったのですか?」

何の式典だったのか。一応主役だったのだが全く覚えていない。退屈で親父や大臣たちの話は長くてうざくて、ほとんど居眠りしていたのだ。当たり障りのない出まかせを言う。

「王国の平和を願う式典だ。それよりステラ、一日遅れたけど……」

まずは花束を渡す。

「まあ!素敵ですね。どうしたんですか?」
「どうって、あのホワイトデーの……」
予想だにしない質問にノクトは詰まった。
が、勢いで残りのプレゼントも渡すことにした。

ステラは嬉しいというより申し訳なさそうな顔をしている。

「あの、ノクトさま、こんなに頂く理由がありません」
「いいんだ、もらってくれ」
「でも……」

ステラは困ったようにアクセサリーの小箱とお菓子の包みを見ている。

その様子を見て、ノクトは内心「やりすぎたか……」と後悔した。どれか一つに絞った方が良かったかもしれない。

そこへ料理が運ばれてきた。フランス料理のフルコース。

前菜・スープ・魚料理・肉料理・サラダ・デザート……どれも最高級の品々だ。

しかし、終始ステラは無言で黙々と食を進めた。
マナーに乗っ取った美しい食事作法で、好き嫌いがない彼女の食べっぷりはほれぼれするほどだ。
しかし今はそれどころではない。
気まずい沈黙が二人の間を流れている。

ノクトは、こんなはずではなかったのに、何故?という疑問で頭の中がいっぱいだった。
てっきり、彼女の笑顔が拝めるとばかり思っていた。

最後のコーヒーを飲みほした彼女は、静かにカップを置いた。
そして「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ノクトはまだ魚料理を食べているところだったが、フォークとナイフを置いた。

「ステラ」
「はい」
「何か、怒っているのか?」
「いいえ」
「だったら……」

ステラはゆっくりと瞳を閉じた。
「このお店、この前偶然美容室で読んだ雑誌に載ってました。『ホワイトデーに彼氏と行きたいお店』という特集で。このお菓子もこのアクセサリーのお店もそこに一緒に載ってました」

ノクトは絶句した。チャラ男と見たページはステラが読んだ雑誌のWEB版だったようだ。

「わたしは、あなたが選んでくれた物ならなんでも嬉しかった。でも、これは違うでしょう。まるで雑誌そのままじゃないですか。こんなの貰っても嬉しくありません」

「ごちそうさまでした」とコートを片手にがたっと席を立つステラに、思わずノクトは「待ってくれ」と叫んでいた。

静かなレストラン、周りの客がいっせいに視線をよこすが、気にしてはいられない。

「実は、その、作ったんだ、俺も、クッキーを……」
最後の方は、ぼそぼそとほとんど聞き取れないぐらいの声になった。顔は火を噴きそうなほど真っ赤だ。
ステラが「え?」と訊き返す。
ノクトはスーツのポケットから包みを取り出した。ステラに手渡す。

「でも焦げちまって。やり直そうと思ったけど時間なくて、それで……」

時間は今日の真夜中三時に遡る。誰もいない城の厨房で、ノクトは一人レシピ片手に奮闘していたのだ。そもそも、ステラから手作りのチョコレートをもらった彼は、至極純粋に、手作りをもらったのだからこちらも手作りでお返しせねば…と律儀に考えたのだ。

ただし、お菓子作りなんて生まれて初めての経験だ。何度も失敗し夜が明けるころに何とか焼きあがったクッキーは焦げていた。しかしやり直しをしようにも、そろそろ城のコックたちが出勤してくるころ。お菓子作りをしていたなんて誰にも知られたくない。仕方なく、焦げてはいるが形にはなっているそれを包み、大急ぎで厨房を掃除した。だが、失敗作のそれをステラに贈るにはあまりにも申し訳なくて、チャラ男に相談してしまった、というわけだった。

ステラはじっと包みを見つめていた。先ほどのプレゼントとは違う貧相な包装に、ノクト自身穴があったら入りたい思いだった。慌てて包んだためにリボンは歪み、まさか取り出すことはないだろうとポケットに入れていたため形が崩れている。
「ごめん、割れてるかも」
「いいえ」
ステラはやっと顔を上げた。にっこりと心洗われるような笑顔だった。
「嬉しいです。わたしのために」
「でも焦げてるんだ」
「そんなこと、かまいません」

そういってステラが顔を近づけてくる。えっとノクトが固まっていると、ふわりと頬にやわらかい何かが触れた。

「ありがとうございます。ノクトさま」

その瞬間、拍手が沸き起こった。どうやら周りの客が二人の成り行きを見守っていたらしい。
さすがのステラもこれには赤面したのだった――……。





-END-


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ノクトがお菓子づくり、ノクトが……。
自分で書いてて想像だにできませんが、許してください;


読んでいただきありがとうございました!

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