SOMNUS

バーベキューSS




「ねえ!今週の日曜日、バーベキュー大会しない?」
いきなり何を言い出す……という顔で、ノクトと眼鏡とスカーフェイスはチャラ男を見た。
城の荘厳な会議室、しかし彼ら四人が集まる時はたいてい雑談しかしない。
「しない?」チャラ男が小首を傾ける。その捨てられた子犬のようにいたいけな表情は、年上の女性の母性本能を大いにくすぐるらしいが、
「しない」
声を揃えて返答した三人には全く効果がないことは言うまでもない。
「えーなんで?やろうよ〜。どうせみんな暇じゃん」
「面倒臭い」
ノクトが言うとチャラ男がずいと身を乗り出してきた。
「ステラちゃんも来るのに?」
黙り込んだノクトを見てチャラ男は
「また嘘言ってると思っただろ〜。でも真実なんだな。彼女すっごい楽しみにしてるのにな」
一体いつそんな約束をしたんだ、とノクトが問うと、
「この前彼女が来た日だよ。ノクトがトイレに行ってる間にね」
そういって笑うチャラ男の頬を思い切りつねってやりたい衝動に駆られたノクトは、すんでのところでそれを堪えた。全く油断も隙もない。

「よーし、みんな参加することが決定したね!そしたらあみだくじで持ち物分担
決めよう」
チャラ男は勝手に全員参加を決め付けるとすでに用意してあったらしいあみだくじをひらひらと振った。


――なんで俺が……。
朝っぱらから誰もいない城の厨房でノクトはジャガ芋をふかしていた。
そう、ノクトはあみだくじで野菜係になってしまったのだ。野菜の準備など家来に頼めばやってくれるだろうが、ステラの手前、なんでも人に頼るのは避けたかった。
厨房が使えるのは城のコックが出勤してくる前なので、またしてもノクトは早起きをしなければならなかった。がらんとした厨房で一人、そういえば前にもこんなことがあったなと思い返す。あれはホワイトデーの日だったか。

野菜と言っても、キャベツやニンジンなどは焼きやすいように切るだけでいいので簡単だ。困ったのはジャガ芋である。ジャガ芋は切って置いておくと黒ずむ。
ということで、ふかしてバター焼きにするのがいいのでは、と考えた。我ながら名案だとノクトは微笑んだ。
こうなったらステラにとっておきのジャガバターを食べさせてあげよう。

野菜の準備を終え、トランクにバーベキューで使う網や炭やらと肉・野菜などの食料を詰め込んだノクトたち一行は、空港までステラを迎えに行った。
「ちょっと寒いな……」
スカ―フェイスがつぶやく。外は雨こそ降っていないものの曇り空で、もうすぐ五月だというのに冷たい風が吹きすさんでいた。たしかに、バーベキュー日和とはいえない。
「大丈夫大丈夫!もうすぐ晴れるって天気予報で言ってたよ」
チャラ男が明るい声を出す。
「それ信じるからな」ノクトは言った。

空港の駐車場で車を停め、ノクトは一人ステラを迎えに国際線の出口に向かった。
ステラはベンチに腰かけていたが、ノクトを見つけると立ち上がって手を振った。
つばの広い白い帽子に、ウールのコートと少しちぐはぐな格好をしていた。
「朝起きたら思いのほか寒かったので。変でしょうか?」
「いや、変じゃないよ」
しかし上等そうな生地のワンピースは、およそバーベキュー向きの格好ではないことは確かだ。
まあ、彼女は火から離れて座っていてもらえばいい。
「行こうか」ノクトが言うと、
「はい!」ステラが笑顔で返事をした。

バーベキュー広場は海辺にあった。
「おい、これ、さっきより風強くなってないか?」
スカ―フェイスが言うと、
「海辺だから仕方ないよ。さ、火を起こすぞー!」
チャラ男が責任感からか率先して場を仕切る。
ノクトはステラのために即席のベンチとテントをつくることにした。が、途中で挫折しかけ、メガネに手伝ってもらい何とか完成した。
「ここで待っててくれるか?」
「私も手伝います」
ステラが腕まくりをする。ワンピースの裾が強風に翻り、ノクトは目のやり場に困った。
「服、汚れるし。この風だし」
「大丈夫です」
ステラは譲らない。
「ならステラちゃん、こっちの火起こすの手伝って。うちわで扇いでくれる?」
チャラ男が言うと、「はい!」とステラは駆けていった。
――まったく、チャラ男め。
ノクトはしぶしぶステラのあとを追った。

チャラ男の予報ははずれ、一向に空は晴れる気配はなく、風はますます冷たくなるようだった。
しかし、うちわ担当のステラは顔を赤くしてせっせと火起こしに精を出している。
せっかくきれいに化粧していた頬を煤で汚しているのが見ていられず、ノクトは「変わるよ」と進言したが、「いいえ、大丈夫です。火がはぜているのを見るのはなんだか落ち着きますね」とよくわからない感想を言った。
「もういいんじゃないか、そろろそ肉焼こうぜ」
待ちくたびれたらしいスカ―フェイスの一声で、ようやく網を載せ焼き始める。
「野菜も載せましょう。あれ、これは何ですか?」
ステラがアルミホイルに包まれた握りこぶし大の塊を持つ。
「ああ、それはジャガイモだ」
ノクトは言った。「バターもある」
「まあ、素敵。早速焼きましょう」
ステラが喜んでくれてノクトはほっと息をついた。
しかしのんびり火を囲む、というわけにはいかなかった。
風が何もかもを飛ばそうとしてくるのだ。
「ああ!紙コップが」
「ああ!俺の皿が!」
なんて具合に、押さえていないとあらゆるものが飛んでいく。
チャラ男が言った。
「ノクト、瞬間移動で拾ってきて」
当然のこと、ノクトは無視する。

「ノクトさま、ジャガイモすごくおいしいです。ほくほくしてて」
ステラがにっこり笑って言う。
「そうか」
そっけなく返事したノクトだが、彼女の言葉は本当に嬉しかった。手間をかけて下準備した甲斐があったというものだ。
「肉も上手いぜ。ステラちゃん食べてるか?」スカ―フェイスがビール片手に言うと、
「はい、お肉も頂いてます」と、丁寧に返事をしている。
強風で金髪はばさばさ、ワンピースも汚れてしまっている。ノクトは申し訳ない気持ちになった。彼女は生まれてこの方、こんな野性的な食事はしたことがないだろう。
「ステラ、悪かったな。せっかく綺麗な服着てたのに……」
ノクトが言うと、
「どうしてですか?私、すごく楽しいです。こんな自然の中で、皆さんと力を合わせて食事したことなんてなかったですから」
力を合わせて、というフレーズに思わず笑みがこぼれる。
確かに、バーベキューは力を合わせなければ成功しない。

しばらくすると、強風が雲まで吹き飛ばしてくれたのか、真っ青な空が見え始めた。日が差し、新緑が鮮やかに輝きだした。



-END-





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実際は、最後まで晴れなかったんですけども……。

ジャガイモ担当は、はい、私です。
クジ運ないです。
もやしとかが良かった。
ジャガイモ重いし。
しかもそのまま焼くわけにもいかず、ふかして、塩だけだったら物足りないからと、バターをまた買いに行ったりして……と面倒でした。
でも皆さん「美味しい」と言って食べて頂けたので、よかったな、と思いました。

しかし、寒かった〜。

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