SOMNUS

夜景風呂








扉を開けば、壁一面に広がる大きな窓を通して都心の夜景が目に飛び込んできた。
大理石作りのその風呂は、広さは十二畳はあるだろうか。浴槽だけで半分の広さを占める。石像の人魚の持つ水瓶から絶え間無く湯が注がれ、湯気とともに香しい薔薇の香りがした。
城の上層階にあるその風呂は文字通り贅の限りを尽くしていた。
「まあすごい。ノクトさまは毎日こんなお風呂に入れるんですね。うらやましいです」
ステラが感嘆の声を上げる。
「いや、滅多に入らない。湯を溜めるだけで30分はかかるしな。シャワーで十分だ」
「ええ?勿体ないですね」
ステラはうっとりと出入り口から風呂場を眺めている。
「それじゃごゆっくり。俺は部屋にいるから」
ノクトが出て行こうとすると――
「ノクトさまも一緒に入りましょう」
ステラがにっこり微笑んで言う。それはごく自然に「一緒にお昼食べましょう」という調子だったので、言葉の意味を理解し損ねて、ノクトは「え?」と聞き返すことになった。
「だってこんなに広いんですもの。二人で入っても狭くはないですよ」
――そういう問題じゃない。
付き合い初めて半年になるが、ステラとはいまだ体の関係はない。
それなのに、いきなり一緒に風呂なんかに入っていいものだろうか。いや、でも世間には「混浴」という習慣もあるしな……
と逡巡していると、
「ノクトさま、先に入ってますね」
とステラはいつのまに脱いだのかすでに裸になっていた。髪をまとめてさっさと風呂場に入っていく。
タオルを巻いていたのでほとんど隠れてはいたが、雪のように白い背中と、普段は髪で隠れている滑らかなうなじが艶っぽく、ノクトは体の中心が熱くなるのを感じた――…




二日後、夜、ノクトの部屋。

「で、一緒に風呂に入ったわけ?」
チャラ男が瞳を輝かせて身を乗り出してくる。
ノクトはうんざりしながら「…ああ」と短く答えた。
「ヤッター!」
チャラ男が跳びはねて手を叩いた。子供じみた動作だが、彼がすると全くおかしくないのは何故だろうか。
「それで……」
急に真面目な顔になったチャラ男が再びノクトに向き合う。
「やったんだね」
「……」
ノクトはチャラ男から視線を逸らせた。
「とうとう…やったんだね」
「……」
「ねえ、なんとか言いなよ」
「……やってない」
「……はあ?」
「…もう寝る。出てってくれ」
ノクトはチャラ男を部屋から追い出そうとするが、納得いかない表情のチャラ男は動こうとしない。
「ちょっと待ってよ。どういうこと?一緒にお風呂まで入ったんだよね?しっかりステラちゃんの裸見たんだよね?しかも一緒に入ろうと行ったのはステラちゃんでしょ?それってOKってことだよ。それで何もなかったって?マジで?」
「裸なんか恥ずかしくて見れるか。それに彼女は一緒に風呂に入ろうと行っただけで、……とは言ってない。全部お前が勝手に思ってることだろ。彼女をお前の女どもと一緒にするな」
ノクトは無理やりチャラ男のフードを引っ張って出入り口へと向かう。
「ノクト、ひとこと言わせてよ」
「言うな」
「……ヘタレ」
「……」




end.


おまけ




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