SOMNUS

七夕SS










「ノクトー、書けた?」
さわさわと揺れる笹の葉の間からチャラ男が声をかける。
「ああ、ていうか、自分で結ぶからいいよ」
「まあまあそう固いこと言わずに。ほれ」
言いつつチャラ男が手を差し出す。
ノクトはしぶしぶ青い短冊を手渡した。チャラ男は遠慮もなく手渡されたそれを眺める。
「んーなになに、『今年一年健康に過ごせますように』……。ってなにこの、おじいちゃんみたいな願い事! ノクトの願いは一つしかないでしょ。今年こそステラちゃんと……」
素早く駆けより、言いかけたチャラ男の口を手でふさぐ。
チャラ男はふごふごともがくが、ノクトの頑丈な腕はしっかりと巻きついてぴくりともしない。
「何じゃれてんだよ、お前ら。暑苦しいぜ」
スカ―フェイスとメガネがそれぞれの短冊を笹に結ぶ。
メガネがスカ―フェイスに尋ねた。
「お前は何を願ったんだ?」
「『もっと強くなりてぇ』だ」
スカ―フェイスがにっと笑った。「お前は」
「俺は『今年こそ司法試験に受かりますように』だ」
それを聞いたスカ―フェイスが「かー!現実的だな、お前は」と首を振る。
そこへ……

「わたしも書けました」
と、涼しげなノースリーブのワンピース姿のステラがベンチから立ち上がった。
ノクトはようやくチャラ男を解放してやる。
「俺が結ぶよ」
チャラ男より先に前に出てステラの短冊を受け取る。

「わたしは世界のみんなが争いなく幸せになれますように、と願いました」
と彼女は両手を組み合わせて祈る仕草をする。
普通の人がすれば「偽善」とでも言われかねないが、彼女に至ってはまさしく心の底からの願いであることは疑いないのであった。
「ステラちゃんらしいね」
チャラ男が相槌を打った。


城の最上階の展望ホールは、天井部もガラス張りで一面夜空が見える。
雲もなく月もなく、今日は絶好の七夕日よりなのだが。
「ノクト、これだけ夜景が明るいと天の川は見えないかもしれないな」
メガネがたいして残念そうでもなく言う。
ステラがそれを聞いて少し哀しそうな顔をした。
ノクトはしかし、
「大丈夫だ」
と答えた。その口調は彼にしては珍しく断固としていた。
「ノクト、やけに自信ありげだね」
チャラ男が不思議そうにしている。

とりあえず展望ホールの明かりを落とした。
足元を照らす光だけになり、夜景がよりはっきりと浮かび上がる。
「いつ見てもきれいですね」
うっとりとステラが窓硝子に手を添える。

その時だった。
眼下に広がっていた夜景が一瞬のうちに消えたのだ。

「えっ?」
ノクトを除く四人は突然のことに驚きの声を上げた。

「みんな、上を見てみろ」
ノクトが一人冷静に促した。

言われた通り四人が目線を上げるとそこには――

無限の星々で形作られた天の川が夜空を彩っていたのである。

五人はしばらくの間、時の経つのも忘れ、光年の彼方からの光に目を奪われていた。

最初に正気に戻ったのはメガネである。
「ノクト、一体これはどうしたんだ?」
「夜の十時きっかりに王国の電力を止めてくれって指示したんだ」
ノクトはあっさりと言った。
「バカな、それは無理だろう」
「出来るさ、王子権限で」
ステラには聞こえないように今度は小声でノクトは言った。
「我儘王子もあったもんだ」
メガネは呆れたように額を手で押さえた。







「ノクトさまはあの光、本当は何だと思いますか?」
ステラが尋ねた。
「本当は……ただそこにある……」
ノクトは少し考えて言葉を止めた。「俺はあの時そう言ったな、たしか」
「ええ」
ステラがにっこり笑ってノクトの肩に頭を預けてくる。
ふわりと鼻をくすぐる花の香り。頼りない重みが愛しい。
彼女の細い肩にためらいがちにノクトは腕を回した。

チャラ男たち三人は二人に気を使ってすでに展望ホールから出ていった。
チャラ男の去りざまの冷やかしはこの際大目に見てやろうとノクトは思った。

ノクトとステラはベンチに腰かけ、降るような星空を飽かず眺めていた。

「不思議……。今見ているあの星々の光は、私たちが生まれる遥か昔に発せられた光なのね……」
ステラの独り言のようなつぶやきに思わずノクトははっとした。

「どうなさいました、ノクトさま?」
ステラがノクトの顔を覗き込む。
思いがけず彼女の顔が息の触れるほどすぐ近くにあり、ノクトは一気に赤面した。
暗さのおかげでそれが彼女に分からないことが救いだ。

「い、いや……。星の光が太古の昔からの光なら、俺たちが見えるあの光も、もしかしたら、そうなんじゃないかって」
「つまり……」 ステラが視線を落として考え込む。「あの光は太古の昔からそこにあった……?」
「ああ、でもだからと言って、謎は解決しないよな」
ノクトは「光」についての話題を持ち出してしまったことを少なからず後悔した。
考えても仕方がなく、堂々巡りをする羽目になるからだ。
しかしステラは首を振った。
「いいえ、そうやって色々な可能性を考えることが、『光』の謎を解く手がかりになるのだと思います」

彼女の瞳は好奇心旺盛な子供のようにきらきらと輝いていた。
科学者か研究者のような仕事があるいは彼女に向いているかもしれない。

しかしノクトは「光」について考えることは好きではなかった。
考えても仕方のないことであるし、何か触れてはいけないような気がするのだ。
触れれば、途端自分を呑みこんでしまうかのような底知れなさがあった。

ノクトは夜空を仰いだ。
自分とステラにしか見えないあの「光」は、今夜は天の川にその座を譲って現われてはいない。
時としてそれは啓示のように、二人の前に現れるのだ。
その「光」が現われた時――それは過去数度、ステラと出会った日もだが――いつも何がしかの出来事が起こったように思う。

ノクトはそこまで考えて首を振った。
自分たちの運命があんな得体の知れない光に翻弄されるなんてまっぴらだ。


二人はそれぞれの思いを別々の方向へ向けて、
同じ星空を、等しく同じ光を見つめ続けていた――……





-END-









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