SOMNUS


















壁一面の窓の外に広がるのは、目もくらむような夜景。
照明の明かりは極限まで落とされ、ノクトの寝室は静けさに包まれていた。
かすかに聞こえるのは、お互いの呼吸の音だけ――……

キングサイズのベッドは最高に広々としていた。
その絹のシーツの上で、金髪の男に押し倒されているのは、
赤い顔をした一国の王子――ノクティス・ルシス・チェラム。

たしかに、それは倒錯的な図であった。

ぼんやりとした目で金髪を見つめるノクト。
焦点が合っていない。
確実に泥酔している。
ノクトの瞳は今、濁った青灰色になっていた。
これは、意識が朦朧となっている証拠である。
感情によって色が変わる瞳をもつノクトの心を読むのは、長年一緒に過ごしてきた金髪にとって造作もないことだ。
チャンスとばかり、ノクトの顔をじろじろと眺めてやる。
普段なら拳の一つも飛んで来そうなほど顔を近づけてみても、何も言わない。
すっと通った高い鼻梁と若干奥まった切れ長の瞳が印象的な、完璧な顔の造形。
女はおろか男でさえ飛びつきたくなるようなDNAの最高傑作ともいうべき美貌。
非の打ちどころのない、とはこういう顔を言うのだろう。


――この顔で次期国王なんて、どっかのRPGの世界の出来事で十分だ。

――そう、自分のようなゴロツキが次期国王と友達になれるなんて、ましてやその寝室に入ることさえ許されるなんて、信じられるかよ。


金髪は、いまだこの状況が夢ではないかと考えていた。

幼馴染。くされ縁。
身分の違いから疎遠になりそうな絆ではあったが、友好は持ちつ持たれつ奇跡のように今まで続いてきた。

金髪は、ずっと昔からノクトを見ていた。
モテる金髪は言いよる女(時には男)に事欠かなかったが、事実彼の心を支配していたのはノクトだけだった。

しかし、まさか一国の王子をどうこうしようなんて気はなかったのだ。
ノクトが、自分とステラを間違えてしまうまでは。
ノクトの口づけが引き金になったのだ。だから決して自分の所為ではない。
金髪は都合よくそう考えた。

金髪はさらに顔を近づけた。
アッシュブラックの前髪の間から覗く潤んだ瞳。赤く色づいた目元。薄く微かに開いた唇。
端正で精悍な顔に、「酔い」がいつもはお目にかかれない妖艶さをプラスしている。

金髪はゴクリと唾を飲み込んだ。
顔に、ノクトの吐いた酒臭い熱い息がかかる。

――もう、だめだ。

金髪は自らの衣服を脱ぎ去ると、とうとう己の欲望を解放した。



「――っ」
ノクトの喉が小さく鳴った。
金髪は彼の酒臭い息ごと、貪るように唇を重ねた。
片手でノクトの髪に手を差し入れ頭を抱えるようにして、もう一方の手ではすでに彼のジャケットのジッパーを勢いよくおろしている。
金髪の動きに無駄はない。
自慢ではないが、この辺の技には長けているのだ。

口内で逃げる舌を追いかけ根元から強く吸う。
気まぐれに唇を離すと、ノクトは酸素を求めて荒い息をした。

目に溜まった生理的な涙が、今にもこぼれ落ちそうになっている。

―― いったい、ノクトは意識と無意識のはざまで、どんな恐怖を味わっているんだろう。
   まさか、この期に及んで、自分とステラを間違えていることはないだろうが。

しかし、金髪は意地悪く微笑んだだけで、さらに行動をエスカレートさせていった。
ノクトの露わになった胸に思い切り吸いつく。
かと思えば首筋を舐めたり、耳に息を吹きかけたり。
そのたびにノクトがびくっと反応するので、金髪はさらに彼の喘ぎ声でも引き出そうと躍起になって前戯に没頭した。

金髪は自分が優位であることを疑いもしなかった。
ノクトの、その鍛えられた筋肉が確かに感じられるのに、今の彼は長い睫毛を伏せたその表情も相まって女の子のようにしか見えない。
普段は、自分など足元にも及ばないような戦闘力を持つノクトが、今はただ狼に怯えて震える小動物のようだ。
弱々しい抵抗も、逆に金髪の支配欲を掻き立てる役割しか担わない。

金髪はノクトの引き締まり見事に割れた腹筋をさらっと撫でてさらに下半身へと手を伸ばす。
器用に片手でベルトのバックルを外し、下着に手を入れる。
そこには確かに熱くいきり立つものがあった。
不思議に金髪は安心を覚えた。

――ノクトでも欲情するんだ。

度重なる愛撫によって熱く硬直したそれを掴むと、「……ぅあっ」と、とうとうノクトの口から小さな悲鳴が漏れた。

「ノクトって、こういうの、経験ないの?」

金髪は下半身を弄ぶ手を緩めずに、顔を傾けて返答をうながす。「まさかね、この顔で」

ノクトは打ち寄せる快感に翻弄されているようで返事をする余裕もない。
端から金髪の声さえ聞こえていなかったかもしれない。

返答を期待していたワケではなかった。
ただ冷やかしてみただけである。
金髪はすでに予想がついていた。

ノクトは女(もちろん男もだが)を知らない。

外見こそ垢ぬけているが、ノクトは次期国王という特異な立場という以前に、化石のように硬派なのだ。

以前、ノクトを騙して風俗街に連れて行ったことがある。
あの時は、確か逆上したノクトは先に帰ってしまった。
その後も何かと要らぬお節介を焼いてやったが、どれも功を奏した覚えはない。

唯一、可能性があるとすれば、ステラの存在だ。
しかし、良家のお嬢様が婚約前に隣国の王子と関係を持つとは考えがたい。
ノクトの性格も性格であるし、まだ出会ってそこそこの二人の仲がそこまで発展していると考えるのは早計だろう。
恐らく生まれて初めてだろう快感に身を震わすノクトの顔を見ていると、金髪の胸中に残酷な考えが鎌首をもたげてきた。


――ノクトとステラ。

出会うべくして出会ったこの高貴な二人の仲を引き裂くのはどんな気分だろう。
身も心も清らかな王子を汚し虐げ、その事実を知った美しい姫はどんな心持がすることだろう。

国民が期待する甘い恋物語に泥を塗ってやりたいという暗い誘惑――……。


金髪は中指を丹念に唾液で湿らせると、組み敷いた王子の臀部へと伸ばしていった。
固く閉ざされたその窄まりへ指を挿入する。
「……っあ」
痛みにノクトの声が震えた。
金髪は彼の局部を握ってその痛みを和らげてやる。
ノクトは痛みと快感のダブルパンチになにやら複雑な表情をしている。

「ノクト、いい?」
訊きながらすでに金髪は彼の足首を掴み自分の肩に載せていた。
己の先端を入口へ宛がうと、朦朧とした意識の中でも何をされるか分かったのか、ノクトは激しく身を悶えさせ抵抗した。
しかし、そこは経験豊かな金髪の方が一枚上手だった。
抵抗をものともせず、一気に腰を押し進めたのだ。
「ぅあ……っ」
ノクトの口から苦しげな呻きが漏れた。
と、同時に青灰色の血走った目から涙がこぼれる。
金髪は「ああ…」と嘆息した。

――俺はとうとうノクトを……。

しかし感慨に浸るよりも腰を動かす本能に身をゆだねる。
そうして考えないようにした。
自分が何をしでかしてしまったのか、という事の重大さを。

ただ金髪が腰を動かせば動かすほど、ノクトの表情は厳しく歪んで行くばかりだ。
快感よりも痛みが激し過ぎるのだ。

その時――

せわしない衣擦れの音に紛れて、小さな呟きが聞こえてきた。


「……テラ」
「え?」

「……ステラ……」

金髪は思わずノクトの顔を凝視した。
彼はすでに目を閉じてしまっている。
閉じられた瞼から幾筋も涙が道をつくり、ただ、彼はうわ言のようにその名を繰り返していた。

金髪の昂っていたものが急速に萎えていく。

思い知らされた気がした。
ノクトの、ステラに対する想いの深さを。
彼の心に、もはや金髪が立ち入る隙はないのだ。
こんな状況下でさえ、いやこんな状況下だからこそ、うわ言で名を呼んでしまうほど、
ステラの存在はノクトにとって特別なのだ。


「わかってたよ」
金髪はノクトから体を離した。

「おまえがあのコに本気なのは」


ノクトはすでに意識を失っていた。
度を過ぎたアルコールと、恐らく慣れない刺激が強すぎたために。


金髪は敷布に沈み込む様にして眠るノクトの頭をかき抱いた。

「だけどせめて、今夜だけ、このまま……」

俺だけの王子――……。

金髪は腕を伸ばし、照明用のリモコンのスイッチを押した。

絞られていた明かりさえも消え、夜のとばりが二人を包みこんで行った――………




end.









*************




土下座。
なんてものを、書いてしまったんだ。
まだ情報さえちゃんと出ていない無垢なヴェルサスという物語に、
なんというなんという冒涜を……っ

この後、ノクトは下腹部の鈍痛で目を覚まし、隣で裸で寝ている金髪に気付き、自らの置かれた状況を理解しますが、
(彼は王子様だけど世間知らずではないと思います)

それはまた後ほど書きたいと思います。

と、とりあえず、疲れました……。
○○シーンをここまで書いてしまうのは自分としては初めてで、
色々未熟だったかと思います。

精進します←

ここまでお読みいただきありがとうございました。





おまけ




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