SOMNUS

光の王国









太陽が雲を紅に染め、空を幻想的な色合いにして、やがて西に沈む。
王国はその日もいつもと変わらぬ夜を迎えた。

夜――万物が闇に呑みこまれる筈の、夜。
しかしこの王国が闇に沈むことはない。
むしろ昼の明るさがその埃っぽい薄汚れた大気、ごみごみした街路を露呈してしまうのに比べ、
暗がりがそれらを覆い隠し、さらに幾千幾万の人工灯に彩られる夜こそが、この王国がもっとも美しく輝きだす時間であった。

「何度見ても素晴らしい景色ですね」
ステラは都市部の夜景を見下ろすテラスの片隅に立ち、ほっと息を吐いた。

ビルの上層階にあるパーティー会場、そこに設えられたテラスだ。
三月の風は依然冷たく、外に出てきているのはノクトとステラの二人きりだった。
薄い生地ののドレス姿の彼女が寒そうでノクトは声をかけた。
「ステラ、ここは冷える。上着を取ってくるよ」
ノクトが取って返そうとするのをステラは「いいえ、大丈夫です」と引き留める。
「ここで、少しわたしの話を聞いてくれませんか、ノクト様」
いつになく神妙な面持ちの彼女の言葉に、ノクトはいぶかしげな視線を送る。
「どうかしたのか?」
「いえ、ただちょっと、ああいうパーティーは疲れてしまうんです」
「ステラも? 俺もだよ。というか大嫌いだ」
ノクトは苦笑いを返す。
「お偉いさんたちだけでやってくれたらいいのにな」
ステラはくすりと笑った。
「あなたは充分『お偉いさん』の一人だと思いますけど」
「俺が? まさか。俺は全く蚊帳の外だ。――ところで話って?」
それ以上その話題について話すのが億劫でノクトは話をふった。
でもステラは一向に話し出すそぶりをみせない。
「ステラ?」
吹く風が彼女の金髪を後ろになびかせ、そのほっそりとした横顔を露わにしている。
凛とした美しさに思わずノクトが見とれていると、唐突にステラがノクトのほうを向いたので彼は慌てて視線を逸らした。
「ノクト様は、本当の夜を見たことがありますか?」
「本当の…夜……?」
ノクトは自然に見えるようにステラに視線を合わせた。
彼女の瞳はまっすぐにノクトに向けられていて有無を言わさぬ強さがあり、思わず閉口しそうなほどだった。
「……それはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。本当の真の闇に包まれた夜。月もなく星もなく、もちろん人工的な明るさもありません」
「それが一体どうしたっていうんだ?」
「あなたには、わからないかもしれない」
ステラはノクトから視線を外すと、再び目の前に広がる夜景に目をやった。
「だって、あなたの知る夜はこんなにも明るい。見てください。街の明かりが強すぎて夜空の星さえ侵略されてしまってます。月だけがかろうじて体裁を守ってますが、こんな夜は夜とはいえない。この王国には闇の入りこむ余地さえないのだわ」
ノクトはステラの言いたいことが分からなかった。
いや、彼は必死で彼女の言葉を理解しようと努めていたのだ。その証拠に、彼は眉間に皺を寄せて解読困難な難題を突き付けられた数学者のように自らの脳を鞭打っていた。
「ごめんなさい、ノクト様。あなたを困らせるつもりはなかったんです。ただ聞いてほしかっただけ。わたし、さっき飲んだワインで少し酔っているのかもしれません」
ステラは少し微笑んだ。何故か妙に寂しげな笑い方だった。
「いや、その話もっと聞かせてほしいよ、なんだか……うん…と、うまくは言えないが…その、…すごく神秘的な話だ」
ノクトの必死の相槌にステラは――今度は明るく――笑った。
「いいえ、そんな大した話じゃありません。あなたなら、わたしのことを変なこというヤツだなっていう目で見ないでいてくれると思ったから。事実そうだったのでとてもうれしいです。ありがとうございます」
ステラが心底嬉しそうに言うのでノクトは困ったように頭に手をやった。
「いや、お礼言われるほどのことしてないけど。話、聞いただけだし」
「いえ、それだけでじゅうぶんです」
ステラは頭上に輝く月をみやった。

(わたしはいずれ闇へ帰るでしょう)

「え?」
「いいえ、なんでもありません」
それ以上問いかけられることを拒むかのように視線を合わさないステラに、ノクトは思い出したのだった。
彼女の国が「闇」を意味する名前であることを。そして彼女自身の姓も。

――なにかの偶然だろうか。

ノクトがその答えに気付くのは、彼女が言わんとしていたことを本当の意味で理解するのは、まだ先のこととなる。



end.




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なんだかよく分からない話ですみません。
だって、ヴェルサスの話が一向に見えてこないからw
妄想するだけしたいと思いますっ

思うに、
ルクス…光 という意味の名前をもつノクトは ノックス…闇 という意味の名前を持つステラとは相いれない存在ではないか と思うわけです。

そんなわけで ノクトの王国の名前も、光に関係する名前だと思うのです。

お読みいただきありがとうございました!





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