SOMNUS

永久の誓い




場所は王国一の大きさを誇る由緒ある大聖堂。
中世から現存する古めかしい石造りのその建造物は、コンクリートのビルが林立する都会の景色の中で際立って異質で、しかし底知れぬ神秘さで佇んでいる。
その正門前の石畳の広場が人々で埋め尽くされている。
彼らは手に手にテネブラエと王国の国旗を掲げ、口々に祝いの歓声を上げていた。
「ノクティス殿下万歳」
「王国に永久なる平安を」
そう、今日この場所で執り行われるのは、次期国王ノクティスとテネブラエ令嬢ステラの結婚式なのだ。


そわそわそわそわそわ……。
フォーマルな衣装が甚だ似合わないチャラ男は、あちこち視線を走らせては貧乏ゆすりをしている。
「おい、お前がそわそわしてどうするんだ」
メガネは隣の席のチャラ男を呆れたように見た。
「だって、あのノクトが結婚するんだよ。もう心配でしょうがないよ。神父のお説教の間に居眠りしないか」
「バカだな。あれでも一国の王となる男だ。そんな粗相を起こすわけないだろう」
すると、ぐりゅりゅりゅ……と何とも切ない音が聞こえてきた。
「今のはスカ―フェイスのお腹の音? 全く信じられないね、こんな厳かな場所で」
「式なんかさっさと終わらせて早く披露宴にならねぇかな」
チャラ男の注意も上の空で、スカ―フェイスの頭の中はすでにフルコースの料理のイメージに満たされていた。


そうこうする間に、パイプオルガンから厳粛な音色が聞こえてきた。
ざわついていた会場が一気に静まりかえる。
結婚式にはいささか暗いメロディだったが、死神を信仰する王国では挙式の際に必ずと言っていいほど流されるレクイエムだ。
大聖堂に入れるのは両家の親族、関係各国の要人、大臣、そして新郎新婦が選んだ友人知人で、およそ三百人ほどになっている。
「新郎新婦入場」
その掛け声に、参列者の目が一斉に扉に注がれる。
観音開きのその扉は重々しく両側に開き、
暗い聖堂内から見ていた人々には、新郎新婦はまるでまばゆい光の中から現われたかの如く映った。
二人の婚礼衣装はこの古めかしい大聖堂に似合わず現代風だ。
ノクトは膝まで伸びる長い着丈の黒いフロックコート。ステラは肩を露出させた純白のウェディングドレス。
固唾をのんで見守る参列者の視線を浴びながら、二人はレクイエムの音色に合わせゆっくりと中央の通路を歩む。
ノクトは緊張で引き締まった顔を上げまっすぐと前を見つめ、ステラは俯き加減にその美しい顔をヴェールに隠している。

二人の行く手には、死神の巨大な彫像がある。
それは王国の宗教に慣れないテネブラエの人々にとっては少なからず不吉な予感を抱かせた。
しかし、若く美しい二人の新郎新婦の姿はそんな暗い予感さえ吹き飛ばすほどに輝いていた。

レクイエムが終わり、神父の説教が始まる。
「神は二人を結びつけることを予め定めたもうていた」
その一説は夫婦とならんとする二人の胸中に温かな感慨をもたらした。
同じ「光」を見ることのできる自分たちは、出会うべくして出会ったのだ――……。

「ノクティス・ルシス・チェラム。 あなたは今ステラ・ノックス・フルーレを妻とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。汝 健康の時も病めるときも 富ときも貧しき時も、幸福の時も災いにあうときも、可能な時も困難なときも、これを愛し敬い慰め遣えて共に助け合い 永久(とわ)に節操を守ることを誓いますか?」 

「はい、誓います」
ノクトの声は大聖堂に響き渡った。


指輪交換の際、ちょっとしたハプニングが起こった。
お互いの指に指輪を嵌めてやるのだが、ノクトの指の関節に指輪が引っ掛かってなかなか入らなかったのである。
「ノクトさま、ちょっと我慢してくださいね」
ステラは一言そう断ると、思いっきり指輪を押した。
「っつ……!」
ノクトは顔をしかめて痛みをこらえたが、指輪は無事薬指におさまった。
しかしそのことで二人の極限に達していた緊張は少しほぐれたのである。
成り行きを見守っていた神父はにっこりとほほ笑んだ。

「メガネ、メガネ、いよいよ誓いのキスだよ」
「それがどうした」
うら若い乙女のように両手を組んで瞳を輝かせているチャラ男にメガネは苦笑した。

ノクトはステラの顔を覆っているヴェールを摘み、静かに上げた。
長い睫毛を伏せていたステラはゆっくりと視線をノクトへと移した。
ヴァイオレットの瞳は青い澄んだ瞳と出会った。
ノクトはほほ笑んだ。それは穏やかな包容力に溢れた笑みだった。
全てを任せられるような安心感に満たされてステラは瞳を閉じた。
二人の唇がかさなる――……。

チャラ男はすでに感無量で、こみ上げてくる涙をぬぐいもしない。
それを笑うことはメガネにも出来なかった。
なぜなら彼もメガネを取り目頭を押さえていたからである。
隣からはスカ―フェイスが鼻を啜る音が聞こえてくる。

神父は二人の手の上に温かい大きな手を被せ、二人が夫婦となったことを厳かに宣言した。
割れんばかりの盛大な拍手が巻き起こった。
それは冷戦という暗い時代を乗り越えたからこそ結ばれた、両国の固い絆が生まれた瞬間だった。
その場にいた多くの者の目に、光るものがあった。
それは壇上の二人とて例外ではない。
ノクトは溢れる涙をこらえ切れず思わず高い天井を仰いだ。
女神の描かれたステンドグラスから差しこむ陽は、七色の光の乱舞となって目の前の純白の花嫁に降り注ぐ。
光に祝福された花嫁の頬は、すでに濡れて光っていた。
二人はお互いの泣き顔を見合わせて、はにかむ様に笑いあった。

祝福の拍手は大聖堂内に反響し、いつまでも鳴りやむことはなかった。
その時、両国の平和が永遠に続くことを疑ったものは、誰一人いなかったのである。










-END-












novel
inserted by FC2 system