SOMNUS

姉妹



ライトニングは寝がえりを打った。
――眠れない。

それもそのはず。
風がひっきりなしに窓を叩く。
遠く雷がゴロゴロと鳴っている。
それは珍しい嵐の夜だった。
コクーンは、ファルシによってつくられた空中都市であるが、時折こうした悪天候の日がある。
ファルシの力は偉大で、嵐ひとつとっても意味なく起こるわけではない。
このような嵐はコクーン内部の季節の変化をもたらす重要な役割を占めた。
それは外界の嵐のように、超自然的で荒々しいものではないが、
人々を不安にさせるくらいの不吉さは孕んでいた。

「おねえちゃん、一緒に寝ていい?」
部屋に入ってきたセラは、ライトニングの返事を待たずに掛け布団の中に潜り込んできた。
布団の中が一気に温かくなる。セラが好んで使う、甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
ベッドはセミダブルの大きさで、細みの二人が寝ころんでもそれほど窮屈さは感じない。

「おねえちゃん、起きてる?」
「……」
「ねぇ?」
「……起きてるよ」
背中を向けていたライトニングが、ようやくセラの方を向いた。
「ごめんね」
「……あいかわらず、怖がりだな。いつまでたっても」
そうからかうと、セラは少し恥ずかしそうに顔を伏せた。

それでも、セラがこうしてライトニングのベッドにもぐりこんでくるのは久しぶりだった。
仕事で疲れた姉を思って、遠慮していたのかもしれない。

昔、母親が亡くなってから、毎晩こうして一緒に眠ったものだった。
一人だと言い知れぬ不安に駆られてしまうのだ。
二人一緒にいると、不安は少し和らいだ。
セラはよく泣いた。
ライトニングは彼女の前では決して涙を見せなかった。
泣き疲れてセラが眠りに落ちるまで、ずっと彼女の背中を撫でてやっていた。

セラはライトニングと同じ、水色のすきとおった目をぱっちりと開けている。
「眠れないのか?」ライトニングが尋ねると、
「うん……」
どこか上の空で返事をする。
「おねえちゃんも……でしょ?」
「まあな。風の音がうるさくって仕方ない」
「音楽でも聞く?」
「ううん、いらない」
「……」
「……」
「おねえちゃん」
「……うん?」
「……おねえちゃんは……、好きな人……いる?」
「……何を、いきなり」
「ねえ、ちゃんと答えて。いる?」
「いない」
「ほんと?」
「ほんと」
「うそ」
「うそじゃない」
「でも、おねえちゃんを好きな人、いっぱいいると思うよ」
「まさか」
「ううん、絶対。おねえちゃんみたいな美女、ちょっといないと思うもん。
わたしのクラスにもいたよ、おねえちゃんに憧れてる男の子。あのアモダ曹長だって、きっとおねえちゃんに気があるよ」
「セラ」
ライトニングの声音が急に低くなった。「ふざけるなら、自分の部屋にもどれ」
軍隊で部下を叱責するような迫力に一瞬セラは恐怖を感じたが、
「ごめんなさい!おねえさま!」
そう叫んで、反省したそぶりも見せずライトニングに抱きつく。
ふざけた上での動作だったが、思いがけずライトニングの鍛えられた腹筋に手が触れてセラははっとした。
それは、女性にしてはあまりに固い体だった。
自分を守るため、きっと人並みの恋さえせず、姉は厳しい訓練を受け続け、こんな男のような体になってしまった。女性として一番輝く年齢のはずなのに、無骨な男たちの中で、何の華やかさもない軍隊生活を送り……。
誰よりも美しい、自慢の姉が……。
その事実はセラを苦しめた。
「どうした、セラ?」
唐突に黙り込んでしまったセラを訝しく思いライトニングが声をかける。
「おねえちゃん……」
「うん?」
先ほどの鬼軍曹のような口調は消え去り、本来の姉らしい優しげな口調にもどっている。
それに勇気を得て、セラは言葉を継いだ。
「好きな人が出来たら、真っ先に教えてね」
「また」
ライトニングは目を閉じて、やれやれという仕草をした。
「ねぇっ」
「わかったわかった」
「約束だよ」


指きりしたまま二人がようやく眠りに落ちたのは、
秋をもたらす嵐がすっかり臨界都市ボーダムから過ぎ去ってからだった。




end.



inserted by FC2 system