SOMNUS

最強は誰だ?


「だから俺はどっちでもいい」
「どっちでも、とはなんだ。おまえの意見を訊いている」
「だから、俺は森でも草原でもどっちでもいい。あんたが行きたい方で」
「なんだそれは。おまえには考える脳味噌がないのか」
「まあまあ、お二人とも」
かっかとするライトニングに、切株に腰かけて頬杖をつくノクト。どうやらその醒めた表情が余計ライトニングをイライラさせるようだ。ステラは小さくため息をついて両者の間に割って入った。
「とりあえず、ライトさんは森か草原どちらがいいと思われるんです?」
「え?」
ステラの問いかけにライトニングはしばし思案してから、「草原だな」と言った。
「それは何故です?」
「森は見通しが悪いし、敵が潜むのに格好の場所だ。その点草原なら見晴らしがいいし、罠も仕掛けにくい」
「裏を返せば、それは俺たちの姿も丸見えってことだぞ」
ノクトの指摘にライトニングはキッと目を釣り上げた。
「なんだ。わたしが行きたい方へ行くとは言わなかったか」
「別に草原に行かないとはいってない。思ったことを言ったまでだ」
「おまえ……」
今にもノクトの胸ぐらをつかみそうなライトニングの腕をステラは慌てて掴んだ。
「とりあえず草原を抜けましょう、ね」


先に行って様子を見てくる。
そう言って二人を置いて歩きだしてから、どれぐらいの時間が経ったのか。
引き返すつもりは毛頭なかった。
これ以上あの男に調子を狂わされるのはごめんだ。
何も考えていないようでいて、その実、的を射た意見を言う。
クールなようでいて、その実、朗らかに笑ったりもする。
自分とそう歳も変わらないはずなのに、生まれ持った得体の知れない貫録のようなものがある。
何より、ライトニングが認めたくないのは、彼がもしかすると自分より強いのではないか、という事実。

他人の強さを認められないほど器の小さい人間であるつもりはない。
ただ、悔しいのだ。
もしこれから敵と遭遇し応戦した時に、自分はきっとノクトを頼ってしまう。そのことが。
「味方で良かった」と思った。初めて彼の強さを目の当たりにした時は。
同時にそんなふうに考えた自分をひどく軽蔑した。


ライトニングはブレイズエッジを構えた。
何者かの気配がしたのだ。
油断なく周囲を確認する。
風が強い。
草が風にあおられる音で、注意が散漫になる。
どこだ。
ライトニングは姿勢を低くして身構えた。
いつでも応戦できる状態で息を殺した。
すると、すぐそばでガサガサっと大きな音がした。
「そこか!」
ライトニングは音源に向かって跳躍した。
「!!」
体が動かなくなった。
彼女の体は禍々しく輝く魔法陣に捉えられていた。
罠だ。
ライトニングは歯を食いしばった。
致命的なミスだ。

「かかったな」
空間が歪み現われたのは奇抜な衣装の男。
「皇帝――」
「ふん。大して得にもならんメス狐か」
空間に浮遊する皇帝は見下したような視線をライトニングに注いだ。
「だれがメス狐だ」
ライトニングは皇帝を睨みつけた。
「ほう。罠にかかったというのに殊勝なことだな。貴様のようなメスが私は一番きらいだ。メスは従順な者ほど値打がある」
皇帝は唇を釣り上げた。
「だがプライドの高い貴様を跪かせるのもまた一興だ。どうだ。泣いて土下座し許しを請えば、逃がしてやらなくもないぞ」
皇帝は長い爪のはえた指で身動きできないライトニングの形の良い顎を掴んだ。
「姿形だけは見れんこともないな。その生意気な口をきけないようにしてから、私の木遇に――なっ、貴様!!」
唾を吐きかけられた皇帝が動揺する。その一瞬魔法陣の魔力が弱まった。
その一瞬を見逃さず、ライトニングは思い切り地を蹴ると後ろ宙返りをして魔法陣の束縛から脱した。
空中でブレイズエッジを抜いて銃撃を見舞う。
だが皇帝の反応も速かった。
杖を振り、フレアを作り出す。
どこまでも追ってくる巨大な光球。
一つ目を回避しても二個三個と追ってくる。
「くどい!」
ライトニングはフレアの追跡をかわして雷光斬をお見舞いする。
しかし皇帝だと思ったのは皇帝の残像だった。
「!? どこだ」
着地した足元がふいに強烈な光を放ちながら輝きだす。
「二度も同じ手に堕ちるとは。愚かにも程がある」
『雷の紋章』にとらわれたライトニングはなすすべなく電撃を受ける。
「うっ、くそ」
「そこでじっと終わりを待つがいい」
皇帝は嘲りの視線を投げかけながら、フレアを作り出した。
――まずい。このままあの攻撃を受ければ……。
ライトニングは迫り来る光球を直視できず目を固く閉じた。
こんなところで、元の世界に戻ることもできず、朽ち果てるなんて。
こんな馬鹿みたいな最期を迎えるなんて。
情けなくて愚かしくて、ライトニングは唇を血がにじむ程噛みしめた。

しかし、衝撃は襲ってこなかった。
目を開けると視界が真っ黒だ。
一瞬、あの世かと思ったが、黒かったのはすぐ目の前の人物が来ている服の色だった。
ノクトが振り返る。
「ライト、平気か?」
ノクトの爛々と発光する赤い目に一瞬ぎょっとしたが、すぐさまライトニングは自由になった手にブレイズエッジを構えて頷く。
「ああ、もちろんだ」
さっきまでの気弱さなど微塵も見せない。
「人の心配してる場合じゃない、後ろ」
ライトニングが顎でしゃくる。
皇帝が隕石を呼んでいるところだった。
「あのやろう」
ノクトは皇帝目がけて走りだそうとしたがすぐ異変に気付いた。
「ライト、おまえ、動けないのか」
「ああ、手は自由になったが、どういう仕掛けか足が動かない」
ライトニングの足は草地に描かれた魔法陣に固定されたままびくともしなかった。
「この距離じゃ、今から皇帝を止めるのは遅い。ノクト、おまえだけなら逃げ切れる。早くこの場から立ち去れ」
ノクトの眉間にしわがよった。こんな場合ではあるが、ライトニングにはそれがまるで聞かん気な少年のように見えておかしかった。
「そんなこと、できるかよ」
「ばか、やめろ」
覆いかぶさってきたノクトの体。その肩口から、迫りくる隕石の影をライトニングは見た。






風は一向にやむ気配がなく、俄かごしらえのテントを揺らしている。
テント全体を覆うプロテスによって直風の影響は抑えられているが、耳を脅かす獣の唸り声のような音はどうしようもない。
「まるでイミテーションたちの嘆きのようですね」
そう形容したのはステラだ。彼女は今テントの外で見張り役に徹している。
「危険だから私がやる」 そうライトニングは言ったのだが、「あら、ライトさんはノクトさんに言うべきことがあるでしょう」と一蹴されしまった。
ライトニングは寝袋で眠るノクトに目をやった。
あの時、動かぬ体で皇帝のメテオの直撃を受けていたら恐らく生きてはいなかっただろう。
後から駆けつけたステラの間一髪のプロテスと、ノクトが盾になってくれたお陰で、ライトニングは無傷だった。
だが、メテオはプロテスだけでは防げない。
回復魔法だけでは治癒できないほどの傷をノクトは負ってしまった。
命に別条はないようだが、一晩は安静にする必要がある。
体中に巻かれた包帯が痛々しい。左肩の包帯に血が滲んでいるのを見て、ライトニングは新しい包帯を取りだしてきた。
元の世界で軍人だった自分には、応急処置の方法も身についていた。
慣れた仕草で、古い包帯を外す。ノクトの隆起した肩の筋肉には裂傷が出来ている。生々しい傷口から真っ赤な血があふれてくるのをガーゼで止血し、万能薬をすり込んだ。
「うっ」
薬が傷口に染みたのだろうか。ノクトが目を覚ました。
「ライト……」
「悪いな。わたしは軍隊流の手荒な処置しかできないんだ」
ライトニングはそれだけ言うともくもくとノクトの肩に包帯を巻く。ノクトは無言でされるがままになっていた。
包帯を巻き終わると、手持無沙汰になってしまう。ライトニングは居心地が悪そうに咳払いした。
ノクトがこうなってしまったのは、全部自分の所為だ。心がかき乱されるほどの自責の念を抱えながら、口をついて出てきたのは、想像もしない言葉だった。
「なぜ助けにきた。ほっとけばよかっただろう。自業自得じゃないか。勝手に出ていって勝手に敵の罠に落ちたんだ。当然の結果だろう。おまえが、こんな傷つく義理なんてないだろう」
ちがう。こんなことを言いたいんじゃない。心とは裏腹にライトニングはノクトをなじった。
「それともなんだ。見せつけたかったのか、自分の力を。わたしを守ることで満足したかったのか」
ノクトは静かな目でライトニングを見つめていた。湖面のような藍がかった青い目に、あの時の燃え盛る炎のきらめきは無い。
こっちの色の方が好きだな。そうぼんやりと思い、そう思った自身にライトニングは動揺する。
蝋燭の粗末な灯りしかないのが幸いだった。今自分は顔を赤くしているに違いない。

「皇帝に掴まっているあんたを見たらほっとけなかった。それだけだ」

ノクトは右手を持ち上げた。薬指には指輪がはまっている。他のメンバーに比べて装飾類をほとんど付けていない彼が、唯一付けているアクセサリーだった。何かいわれのあるものなのだろうか。鈍い銀色に光るそれを見ながら彼は独り言のように呟いた。
「よく覚えてないけど、元いた世界で俺は守られる立場だった。俺を守るために多くの人が死んだ。俺が守るべき人たちも俺の所為で死んだんだ。あの辛さは記憶をなくしても心で覚えてる。あんな思いは二度とごめんだ。それなら自分が守る立場でいるほうが、ラクだ」
「なんだそれは。そんなのただの自己満足だろう。わたしがどれだけ…」
ライトニングの脳裏に、皇帝のメテオを受けたノクトの傷だらけの姿がよみがえる。

呼びかけても反応しないその姿にライトニングは凍りついた。
ステラも加わり三対一では不利とみなしたのか、皇帝の姿が消えていたのは幸いだった。
ステラと力を合わせて必死で回復を試みたものの、ノクトの意識はなかなか戻らなかった。

「どれだけ心配したと……っ」
声が震え、ライトニングは思わず口元を押さえた。胸が熱く鼻の奥がじんと痛む。
まずい。
そう思った刹那、目頭にたまった涙が鼻筋をつたった。
なんで涙なんか。

ノクトが死んでしまったらどうしよう。
取り乱し必死で名前を呼んだ。
対してステラは冷静だった。
ありったけの回復方法を試みた後、命に別条がないと判断した彼女はこの場所で夜を明かすことを決めた。
夜半過ぎ、ようやくノクトが意識を回復した。
あの時の安堵の気持ちは一生忘れることはないだろう。
そうだ。涙が出るほどほっとしたのだ。

ノクトはぱたりと寝袋の上に右腕を落とした。どうやらライトニングの泣き顔にも気付いていない様子だ。力をなくしたように瞼を閉じる。ほどなく規則正しい寝息が聞こえてきた。
あっけに取られるほどの寝つきの良さだった。
ライトニングはしばしその、無邪気ともいえる寝顔に見入っていた。
そしてひとつため息をつくと、そばにあったブランケットをノクトの露わになった腕と肩にかけた。
するとようやく、喉の奥でわだかまっていた言葉がするりと音になった。

「守ってくれてありがとう」


テントから出るとステラがにっこり笑いかけてきた。女神のような微笑だった。
「わたしから言わせてもらいますと……」
ステラはきれいな人差し指をライトニングの方へむけた。
「あなたたちは二人とも大バカ者です」
絶句するライトニングにステラは言い募る。
「後先考えず飛び出していくなんて、言語道断。わたしがいなかったらあなたたち二人とも無事じゃ済まなかったんですよ」
ステラの説教は夜明けまで続いた。
反論の余地が無いだけにライトニングは黙って聞くしかなかった。
説教が終わった後、ライトニングは尋ねた。
「なあ、この話、ノクトにもするのか」
「もちろんです。あの方にはもうこれで三度目ぐらいですが、一向に直らないので今度という今度はただじゃ置きません」
テントに入ろうとしたステラの背にライトニングは「待ってくれ」と声をかけた。
「せめて傷が治ってからにしてやったらどうだ」
「その心配には及びません。あの方は人より丈夫に出来てますから、一晩眠ればぴんぴんしてます」

数時間後、ライトニングたちは深い森を歩いていた。
ステラが率先して前を行き、ライトニングとノクトはその後ろを黙って従っていた。
「あなたたちにはもう任せられません。わたしが先導します」
実際リーダー的資質を彼女は充分に備えていた。加えて最大魔力はノクトとライトニングのそれをしのぐ。
ライトニングは隣で歩くノクトを見た。
傷の方はほとんど完治しているようだったが、心なしか頬がげっそりしている。
ライトニングは思わず苦笑した。
「なんだよ」
ノクトが横目で睨んでくる。
「さすがのおまえもステラには頭が上がらないんだなって思っただけだ」
ノクトは意外にも頷いた。
「ああ、俺はステラがコスモスのメンバーの中で最強だと思ってる」



end.




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